挾土氏連載1

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塗り壁の文化を伝える

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飛騨高山の洋館

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歓待の西洋室(第1回)

挾土秀平


飛騨高山の駅に向かって東、歩いて10分とかからない所にその建物はあった。
妻面2間半×平面7軒ほどの平屋建て、苔むした切妻の瓦屋根から突き出た、ボロボロのセメントモルタルの煙突。外壁はねずみ色になってくすみ、色あせたひと気のない廃墟のような佇まいをしている。

自分は、この100年の時間を経ていた建物を、日々身近にしながら何も感じず素通りをしていた。   
・・・33~34才頃だったろうか・・・
ある日の事・・・その建物を目の前に通り過ぎようとした時、この不思議な雰囲気に初めて気付いたように思う。
外観に見る、軒周りに塗り巡らせた大胆で大きな蛇腹引き、近づいて見ると窓周りにも、霧よけ部分にも全て、細かな蛇腹の細工が塗り施されている、飛騨では珍しい和風とも洋風とも言えぬ珍しい姿であった。

飛騨は木の国というイメージは、知らず知らずに自分の中にもあったせいか?
こんなにもしっかりとした、左官仕事が目の前に佇んでいる事に、この持ち主も、時代性も、また何の目的で存在して来たのかも解からなかったが、心の中で『飛騨にもあった!』という喜びで一杯な気持ちになった事を忘れられない。

それから、人づてに聞いてみると、あのお化け屋敷みたいな・・・?とか昔は学風荘といって一般の人は立ち入れなかった・・・ など現実的には余り知られていなかったが、そのうち直ぐしっかりとした記録が出てきた。

飛騨の名工、八代、坂下甚吉(大工)、設計施工、大正5年7月25日完成。
(施主)、押上森蔵 ≪安政2年(1855)高山生まれ≫、職業軍人として活躍し、日露戦争では兵器弾薬の整備と、補充の任務を果たした陸軍中将で、明治45年退官後、郷土史の研究に打ち込み飛騨史に関する多くの著作を遺したという・・・
その陸軍中将であった押上森蔵の旧邸宅にあった『洋館』。
外観は、入母屋平屋建て瓦葺、土蔵のような農灰色の大壁造りで、屋根上には煙突が1つ。
基礎は赤レンガ積みで、換気口には装飾的な鉄製グリルが、はめ込まれている。
玄関上の箱庇には瓔珞(ヨウラク)の飾りが付く。 内部は『玄関の間』を通って中央に『春慶の間』と呼ばれる洋室があり、その奥に『書斎と書庫』が並ぶ。春慶の間には正面に暖炉があり、建具はアメリカから輸入したというベニア板に浮かし彫りを施し春慶塗り仕上げとしている。
扉の杷手や鍵穴に至るまで細かい神経が行き届き、吟味され、天井や壁は襖紙張り仕上げで手の込んだ、他に類を見ない豪奢(ゴウシャ)な洋館造りになっている。

さらに、この洋館から発見された棟札には、次のように記されている。
西洋室、第十一代押上森蔵 大正四年六月四日、基礎石据付、大正四年六月廿日 同棟瓦積完成
大正五年七月廿五日、全部完了  棟梁大工 坂下甚吉 石工 布施博之助 左官 岡本興吉
壁張表具屋三次 装飾取付 野村文三 建具 大原勝太郎。

DH000059狭土02.JPGDH000064狭土03.JPGDH000065狭土04.JPG photo:室内
                    ※写真をクリックすると大きなサイズで見られます。

それから・・・  持ち主をたずね、内部を見せてもらった。(やっぱり素晴らしい)
特に『春慶の間』は建具やカーテンレールが、時間を経たオレンジ色の漆色に鈍く光り、英国風のマントルピースが、その空間に気品と威厳を漂わせているように思えた。
この擬洋風の土蔵のような建築は、いうなればまさに飛騨の文明開化、最高のハイカラに地元田舎の職人達が挑戦し立ち向かった姿だと、想像するだけで、何か夢を感じるような気持ちにさえなる。
そうして数年、使われる訳でもなく佇む洋館に異変が起きた、玄関口の屋根の一部が陥没し、軒蛇腹にも水がまわり崩れだしているのを発見した時・・・
これはまずいと直ぐに、衝動的に、持ち主の承諾も得ず勝手に数人を従え、簡単な足場を組みブルーシートを掛けたことが、きっかけとなった。

持ち主から尋ねて来る様にという連絡が入った。
まず、勝手にゲートを乗り越え他人の土地に入ったという、キツイ叱り・・・
それから数日後、また尋ねて来る様にとの連絡に、この間はどうもすいませんでしたと切り出した時である。
『お前はそんなにあの洋館が好きなのか?』と聞かれて直ぐ『はい、あれはどんなにボロボロでも飛騨の左官のダイヤモンドだと僕は思う』と答えたように思う・・・
『それなら、お前に譲ろう、ただし自分で解体して大切にするように・・・・』
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。他にいろいろ話したがびっくりが先で覚えていない。

猶予は一ヵ月半、その間に解体し撤去する約束をしてしまった・・・・・。

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