遠野氏連載2

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遠野2_1ra.jpgphoto1:宮城県北上川河口に広がる葦原

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北上葦狩り体験と現代における葺の可能性

遠野未来


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2008年1月26・27日に宮城県石巻市北上川で行われた「葦狩り」体験に参加した。今回、その模様と現代における葦の可能性について紹介する。

この企画は地元で茅葺工事を行っている有限会社熊谷産業の指導の下、仙台の市民団体「たけのこ炭の子クラブ」とNPO「民家再生リサイクル協会」の主催で6年ほど前から毎年盛況に行われており、今年も仙台・東京を中心に70人近い参加者があった。

場所は宮城県石巻市北上川河口。そこから十数キロ上流する地帯に葦(ヨシ)原が広がっている。ここは海水と淡水が混じるところで、その微妙な塩分の具合により、葦が硬く丈夫に育ち、他の地域にない品質で知られている。水中の窒素・リンを養分として吸い取るため川の水質浄化を行い、原生する野鳥や生き物の住み処ともなっている。葦は宿根草ということで毎年大量に採取可能で、茅葺屋根、土壁の小舞、よしずなどに使われ、古くなり腐った葦は屋根からおろされ、田畑の肥料になり・・・といった循環が行われていた。この地域も昭和30年頃までは地域に強い共同体が存在し、一本も残らないほどみんなの手で刈り取られていたが、現在は茅葺の減少、安い中国産の輸入、共同体の変化と共に葦の需要は減少し、刈り取る人も少なくなった。

熊谷産業はそこで60年ほど前から茅葺屋根工事を行っている現在では全国でも数少ない工事会社で、その活動が評価され平成14年には日本建築学会文化賞も受賞している。現代の日本では茅葺屋根が大幅に減少したものの、環境意識の高まりと共に茅葺職人になろうとする若者も増え、現在では海外からの研修生も含め20名ほどの職人さんをかかえている。その中心となっているのは20~30代の若手だというから頼もしい。

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熊谷産業は葦の現代における再生を目指し、今回の葦狩り体験、葦狩りの機械化、建築の断熱材としての活用、葦100%による手すき和紙、葦肥料によるブランド米の企画、福祉施設と共同でよしずの新しい使い方の考案・・・など様々な企画を行っている。まず地元の石巻で法規制を緩和し、日本の現代でも通用する例として茅葺屋根を全国にアピールすべきだと市に掛け合い、一部法22条地域規制を解除してもらった。市内の民家や市の施設を買い取り、茅葺の建物として再生させ、まちづくり拠点へと、改装を行っているところだ。

茅葺というと日本の民家のイメージが強いが、それは間違いで現代のヨーロッパでは市街地にも茅葺の家が建てられており、デザインも現代的で美しいものが多く、茅葺職人の地位も高い。南アフリカには茅葺の空港もあるという。

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今回この葦狩りに参加して、まず何より感じるのは、陽の光を浴び、風でなびく当たり一面に広がる葦原の風景の美しさだ。かすかに記憶にある自分の原風景と重なり、思わず見とれてしまう。こんな美しい風景はこれまで見たことがないかもしれない・・・。風で揺れる葦の穂の音と原生する生き物の声が日本の音風景の百選にも選ばれているのもうなずける。

作業は厳冬の中、北上川河口の場所を変え2日間にわたって行われた。約半数は経験者ということもあり、みんな手馴れた様子で黙々と鎌で葦を刈り取り、紐で束ね、積んでゆく。実際やってみると、結構な運動量で息がすぐ上がる。今回の作業刈り取った葦は、実際に仙台の福祉施設でのよしず作りに使われて製品化されることになっており、参加者も力が入る。

この会が毎回盛況に続いているのは葦狩りへの興味もさることながら、熊谷産業の熊谷会長、常務をはじめ、地元の建築家や職人さん方の人間的魅力が大きい。その話を熊谷常務にすると「他に何がある?」と真顔での答え。その地に根ざし、葦と共に生きることを受け入れ、現代的視点でそれを再生しようとしている姿勢に真のsustainability(サステナビリティ=持続可能性)をみた思いがする。 またここには三陸の海の幸と温泉があり、泊り込んでワークショップをするには最適の環境で、今後観光の場としても十分魅力的だ。

現代の書画で著名な篠田桃紅さんのエッセイ集「墨いろ」の中に茅葺に関する一文がある。ご自分が築200年の民家を移築され、その屋根を葺くとき「古いのと新しい萱を混ぜて葺いたほうが丈夫で美しい」と職人さんに言われ、そうしたというくだり。実際のところを熊谷常務に聞いてみると、今でも材料費節約のため古い萱で使えるものは中間層に使ったり、軒下の化粧として「すすけたもの、古いもの、新しいもの」と色の違いを見せる葺き方があるという。古いものは単に肥料として使うというのではなく、古い土壁の土と同じで、新しいものと混ぜて使えるというのは時間の積み重ねを感じられ好ましい。

現代の市街地での茅葺屋根の可能性についても伺うと、現在建築基準法22条規定以上の市街地では屋根に不燃材を使うよう規定されているので使えないが、今後不燃材の下地と組み合わせた性能評価などで規定がクリアできるなら、使う可能性が広まるとのこと。大学や研究機関などでご興味のある方は、是非共同研究などの手を上げていただきたい。

参加者が世代を超え全国から集まっていること、葦を愛する人たちがみんなで何か行動をしようとしていること、オープンで温かい人の雰囲気・・・地方の小さな町でも、こんな豊かな産業・風景・素材そして人がいる・・・。今回参加してとても心地よかったが、これまで似た体験をしたことがある。8年ほど前に参加したアメリカ・アリゾナでのストローベイル・ハウス(藁の家)のワークショップだ。地元の素材を愛し、みんなで力を合わせ自然素材で家をつくる・・・世界各地でそんな動きが根付いている・・・・今回参加してとても勇気付けられた。

日本でも都心に葦壁のおしゃれなカフェなんかが出来たら話題になるだろうし、丸く束ねた葦を下地にした土壁やベイル(ボックス)に束ねて土やしっくいで仕上げる「葦壁建築」も可能ではないかと思う。自然素材による有機的なかたちが可能なのも魅力だ。「葦の現代建築への可能性」へ向け、いろいろな提案が考えられる。古来の文化に根ざした現代的な表現を、日本からもっと発信すべきである。環境の世紀にふさわしいかたちで。


写真提供・取材協力: 有限会社熊谷産業 
〒986-0202
宮城県石巻市北上町橋浦字南釜谷崎340
TEL 0225-67-2045 FAX 0225-67-2032
http://www.kayabukiyane.com

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●写真解説

photo1  宮城県北上川河口に広がる葦原

photo2  3mほどに伸びた葦

photo3  葦を刈り取る熊谷産業の会長。あっという間に当たり一面を刈り取る

photo4  茅葺の熊谷産業本社屋

photo5  東北地方に多い葦を使った竹木舞

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現在工事中の屋根面積約100坪の茅葺の現場。葦束を竹でとめ、麻縄でしばってゆく。今回は痛んだところのみの葺き替えだが、長さ約1m、20cm巾の葦束を3000束ほど使い、重ね厚さは厚いところで1mにもなるという

photo8  オランダ現代建築での茅葺の使用例。 モダンな表現と茅葺の共存の試み。屋根だけでなく、連続している壁にも葦が使われている

photo9  現代オランダの茅葺の町並み。現在も多く建てられている

photo10 南アフリカNelspruit のKruger Mpumalanga International Airport
茅葺の空港。不燃材の上に葦を葺いているのではなく、木の上に直に茅葺で、スプリンクラーなどにより防火規定をクリアしているという

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