遠野氏連載1

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塗り壁の文化を伝える

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未来日記  –やわらかないえ–

遠野未来

0 はじめに  

今の建築には生命感がない・・・。

 もちろんすべてではないが、今実感としてそう思う。左官的塾という新たにスタートした場で文章を書かせていただくに当たり、まず設計者としての自分の立場を述べておきたい。

 高度にシステム化されて出来たツルツル・ピカピカの現代建築、・・・環境やエコをアイテムとした住宅メーカーやディベロッパーの商品群、・・・コンピューター3Dによって自由に繰り広げられる先端建築家の曲面建築・・・自分はそのどれにも違和感を感じてしまう。・・・それらにはその場所にあるべき必然性が感じられるものが少なく、いくらエコとうたっても住み手がカタログから選んだ商品を組み合わせ、住宅を買うという構図に変わりがない。 「エコハウスは楽しい」とうたわれた本が自分にとって「楽しくない」と感じられるのはなぜなのか? 単に自然素材を使ったり、環境グッズを装備すればエコで、それですべていいのか?・・・そうではないだろう。・・・・建築に生命力を取り戻すとしたら「場所」「いのち」「手」「地霊」・・・それらがキーワードになるはずだ。
またその一方で、極度に完成され、技術を追求した塗り壁というのも、どんなに美しくても違和感を感じることもある。手仕事も、その仕上がりが均一性を増すほど工業製品に近く見えてしまい、技巧に走るほどその壁が建築全体から浮いてしまう・・・。

 その中で、場所と建築、施主と職人、均一化と手・・・それらの両岸を見据えて、時代に対しあるべき方向に水先案内をするのが、設計者の役割だと思う。そのためには施主と左官、そして設計者がこれまで以上に理解しあい、お互いをわきまえて共同で建築をつくってゆくことが必要だ。そしてさらにいえば、それを文化として残してゆくには、そうして出来た建築に 「美しさ」 が必要だと思うのだ。 ひとの心を動かさない限り、いくら教条的に環境問題を訴えても社会は変わらない。
 自分は限られた生の中で建築をつくる上で、その土地の精霊を呼び、鎮め、その場、そして自分の思いも土に還る・・・。そうありたいと願っている。人の生には限りがあるが、そこに込められた人々の思いは土に還り、その地とつながっていくと信じたい。
たとえば西アフリカの土の家やアリゾナのストローベイル・ハウスのような家づくりになぜ自分の心が動かされるのか・・・そんなわくわくした場が日本でも出来ないものか・・・、切にそう思う。

 自分はこれまで、数は少ないが土や左官の試みをいくつか各地で行ってきた。これまで、そしてこれからのプロジェクトをたたき台にして、この欄を左官による「いのちの場」づくりを考える・・・そんな場にしていきたいと思う。
皆様の叱咤激励をいただければ幸いである。

1 やわらかないえ

 この春、ご姉妹で住まれる新築マンションのリビングとキッチンのリフォームを行った。キッチンをオープンにし、ビニールクロスをはがし、しっくいを塗って仕上げた「やわらかないえ」。 間接照明を仕組んだ、角のない天井と壁。・・・これまで自邸やアート・プロジェクトなどで試みたが、一般住宅でどこまでできるか試してみた。

 棚と家具は埼玉県・西川の杉を使い、キッチンのフード゙は既存のスチールのフード゙に照明を組み込み、フロストガラスで囲んだ。壁・天井のRの下地、家具下地とも合板は一切使わず、きなり色のしっくいと自然塗料で仕上げている。 天井のしっくいは平滑に、壁のしっくいは手のあとがわかるよう、テクスチャーをつけたが、しっくい特有のしっとりとした空気と共に、間接照明のあたたかい光がRのコーナーや壁のひだにあたり、心地よい場となった。
幸いお施主様にも御満足いただけたようで、今後は新たな家具を入れ、玄関・廊下・ベランダなども改装したいというご意向である。機会があれば、どこかに見せ場として色のついた土壁をつくってみたいと思っている。

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           ※写真をクリックすると大きなサイズで見られます。

 やわらかないえ ・・・それは単にかたちがやわらかい、ということではない。その場所と近場の自然素材・人をゆるやかに結んで出来、それゆえに ほどける、土に還るいえ・・・。心地よい気が流れ、人間の皮膚と境界がない、呼吸するいえ・・・。そんないえを これからも目指していきたい。

参考文献: 「左官礼賛」(石風社) 小林澄夫

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