季節の仕事 その1
<ススキのチリ箒> 久住 章
今から25年前、長野県佐久市に漆喰の黒磨きの講師として訪れた折、数人の地元の職人が茅でつくったチリ箒を見せてくれた。その使い込まれたチリ箒は、漆喰の汚れがとても良くとれた。長さは30cm程度もあり、柄がバケツからはみ出しているのが印象的だった。茅の茎の中心は空洞になっており、茎を叩き潰して繊維を出し、柄の部分をヤンマ糸で結んであった。
その後、和歌山県白浜のホテル川久の工事の折、伊豆の伊東から白浜に移った職人が、同じタイプのチリ箒で聚楽壁のチリ掃除を行っていたので使わせてもらうと、とても使いやすかった。
そのため自分で製作しようと思ったが、淡路島では茅が少なく、やむを得ずススキでつくることにした。しかしススキは中心が空洞でなく白い腑(白いスポンジ状のもの)があり、芯が使えずいろいろ試した結果、芯の周囲を取り囲む袴部分でつくることになった。
ススキは沖縄から北海道まで至る所で自生し、種類も多く、直径が3~10mmほどある。径の太いものほど内部の繊維も太く、腰がしっかりして少ない本数でチリ箒をつくることができる。
ススキの刈り取り時期は、九州や四国、和歌山などでは10月20日~11月30日頃、これより少し北部の地域で10月1日~11月10日頃、冬が早い所では9月20日~10月20日頃までと、地域により異なる。
穂から下の、第一、第二節の茎が緑色であれば問題はなく、刈り取り時期が早すぎると、ハンマーで叩いた時に繊維がちぎれやすく、遅いと繊維がぱさぱさで使いにくい。以下にチリ箒のつくり方を説明する。
(※全ての図はクリックすると大きく見られます)
図1
・背が高く太いものは、第三節まで使えるが、下部になるほど繊維が弱く使えない。節の上部が白いもののほうが繊維はしっかりしている。
図2
―節に近い部分が白く、チリ箒の毛先とする。
―この部分は糸で結ぶので軽く1~2回叩く(叩き過ぎては駄目)。
―この部分は叩かない。
―ハンマーでよく叩く。
―毛先が広がるくらい叩く。
図3
・亀の子ワイヤーブラシで、柔らかく弱い繊維を取り除く(裏表10回以上梳き取る)。
・ワイヤーブラシでよく梳き取ったものを地面に並べて2~3日乾燥させる。
・最初は中塗用としてつくり、これを現場で使用するうちに毛先が柔らかくなる。
・まず袴を80~100本束にする。
図4
―この両端にしっかりした繊維を配置する。
―上下、両端を輪ゴムか粘着テープでぐるぐる巻く(作業がしやすくなる)。
―ハンマーで叩いていないので太くなる。
―葉に近くなるほど茎が細いので、束にしても自然と細くなる。
・糸は現場用の太めの水糸、もしくは魚釣り用の水糸で、強く引っ張っても切れないものを使用する。色は好みに合わせる(糸が細すぎると貧弱に見え、太すぎると野暮ったく見える)。
・はじめに3回隙間なく巻き付け、強く引き締めて糸巻きを引っ張り(これが重要)、後の5~7本は強く、8本目以降は徐々に緩く締める(形をきれいにするため)。
この図は大きくなりません。
図5
・巻き巾1.2~1.8cmぐらい巻いた時点で、糸巻きから切り離し、最初の糸輪の中へ最後の巻き終えた糸先をくぐらせ、上下の糸を手で引っ張りながら巻き巾の中央の位置まで下の糸を引っ張る。
図6
・巻かれた糸巾の外の位置で糸を切る。巻き巾の外にほんの少し出た糸は、千枚通しの先で入れ込む。
図7
・巻き終えたらハンマーで平たく叩く(コンクリートの上で)。
図8
・2段目からは糸輪を下に向けて全巻強く結んでいく。1段目と2段目、3段目とススキの巾を揃えながら1段ずつハンマーで平たく叩く(結構強く叩いても平気)。
・糸結びから長すぎると使用時めくれあがってくるので、最後は1.5~2cm残してノミで切断する(はさみでは無理)。
切断面の角をカッターで少し丸くする。
図9
―ススキ80~100本で。長さ15~18cm(大阪型)。
この図は大きくなりません。
図10
―柄の部分を巻き終えると、毛先全体をハンマーで叩く(柄の部分の長さは好みに合わせて)。
図11
―ハンマーで叩くとこのように広がる。
―この長さが短いと毛先の先端を薄くできない。短いほど先端が太く堅くなる。
図12
―先端のみカッターでそぎ落とし、毛先を細くする。
―厚さ二分~三分の杉の定木。
―タッカー、ステップル
―100φサンドペーパー(グレー色のサンドペーパー)
・木材の角にチリ箒の毛先をのせ、その上からサンドペーパー付きの定規で毛先を削り整形する。刃物で削るより毛先がよじれて先端が柔らかくなり、形を整えやすく使いやすい。
・毛先は直線より両端の方がわずかに下がっている方が使いやすい。三味線のバチの形状になっているので、壁隅にも毛先が届く。毛先は常にサンドペーパーで整える。肩が下がり過ぎたり、中央が窪んで三日月にならないように心掛ける。
図14
・ススキの繊維は、細くても腰が強く、一段目の結び糸より7cm以上長くても問題はない。むしろ長い方が毛先を薄くできるので、チリ際の掃除がしやすくなる。しかし二ヶ所ぐらいの現場で中塗に使用する程度で、腰が柔らかくなり過ぎ腰抜け状態になるので、思いきって1~1.5cm程度切断し、再度サンドペーパーで毛先を整える必要がある。その程度になると上塗にも使用することができる。ススキの欠点は、短期間で毛先が柔らかくなり、シュロに比べて水切れが少し悪いため、常に手入れをしなければならないことである。
図15
・土壁仕上げには50~60本と、細巾のチリ箒でも使えるが、漆喰や樹脂入り上塗材には、80~100本と太目で巾広のチリ箒の方が少ない回数で汚れを落としやすい。そのまま中塗り用に使用する場合、長めに切り、毛先を厚く強い腰加減にする。
・シュロは長持ちし水切れも良いが、使いやすくなるのに時間がかかり過ぎる。ススキははじめから使いやすい。
図16
・柄の形状は上部にいくに従い細くする方が良い。市販されているチリ箒は、上下同じ太さのものがほとんどである。バケツを叩いて水を切る時、上部が重いと水切れが悪い。それゆえ上部を細くする(実際に使えば分かる。この形状は大阪型である)。
<シュロ製チリ箒について>
・市販されているチリ箒は、パキン製、シュロ製が多く、形状も太目につくられている。しかも繊維が太く、仕上げには使いづらいが、丈夫で長持ちである。
これらは別として、自分でシュロ製チリ箒をつくる人もかなりおり、特に京都の町家職人は手作り派が多く、その形状にも共通した特徴がある。
・下記の形状をつくるには、糸では無理で、径1mm~1.5mmの銅線を巻きながら、片方をハンマーで叩きながら平たくする。市販されているシュロ製のチリ箒も、円形でなく平たくつくられているが、それでも厚すぎる。
図17
・シュロの繊維は太さの割に腰が弱く、第一節の結び目からの毛先が長いと腰が弱く使いづらい。しかし短いと毛先を薄くできない。どうしても図ロのように毛先の角度が鈍角になり、チリ掃除の時チリ箒の柄が壁側に傾くため、チリ際が見えにくく、また壁のチリ際が切れやすくなる。その問題を解決するための形状として、腰が少し弱くても毛先を長めにつくり、使用する時に手の指先を毛先に添えチリ掃除を行う。そのためには全体が長い形状のチリ箒は使いにくいので、下図のように短い寸法でつくる。
図18
・また、毛先の汚れ取りや水切りの際も、毛先に指を添えたままで手の指を水に浸すことになるので、常にきれいな水に交換する必要がある。毛先に指を添えたままでバケツの中で水を切ることは、他にも事情がある。
・シュロを結ぶ銅線が、江戸時代早期に普及していたと仮定しても、水の入れ物は木製の手桶である。この手桶で水を切る場合、誰が使っても大体同じポイントにチリ箒の銅線が当たる。そうすると手桶の一部分に短期間で孔があき使えなくなる。それを防ぐために少ない衝撃で水を切る方法として指を添えたのではないか。あるいは糸で巻いたチリ箒を使っていたかもしれない。
金属製のバケツの登場は明治時代になってからで、その場合でも銅線で巻かれたチリ箒の水を切る時、直接バケツを叩くと高い大きな音がして品が悪いため、指を添えたかもしれない。
考えてみると、銅線巻きチリ箒の発生は、金属製バケツの登場と同時期かもしれない。新しい素材と使用方法は、時代を反映するものである。
・手入れが行き届いたチリ箒の毛先の中央を窪ませて、三日月型に削る人もいる。この形は壁隅部分では使いやすいが、直線部分では使いづらい。しかしなぜこの形状にするのかという必然性もある。
この形状は柄を太目につくった場合、初期段階に生じる。平べったくではなく少し太めにつくると、毛先の角度が鈍角になる。この形でチリ際に当てると、先端の毛より下の2~3番の毛が押し出され、毛先が直線もしくは緩いカーブ状の山形に並ぶようになる。
つまり、毛先に力が入った状態であり、力を入れずフェザータッチでチリ掃除をするには向いていない。ただし回数をこなすと、そういう状態が解消され使いやすくなっていく。
図19、図20
チリ箒の素材、形状、使い方は、地域や職人によって違いがあり、これが正しいというものではなく、それぞれの目的に合わせて使用されている。
最近、神奈川県湯河原の左官、長田孝司君の籐でつくったチリ箒を見せてもらった。籐を長時間叩き、繊維を出して作ったもので、腰具合、水切れ、使いやすさ、特に形が美しく、よくぞここまでつくったと感心した。
昔大阪では、左官の親方を選ぶときは、「チリ箒をみて選べ」というくらいで、鏝は鏝鍛冶が作るが、チリ箒は自分でつくるので、常に手入れされているか、美しく機能的につくられているかが、腕の善し悪しを見分ける目安になった。