左官屋は材料を知らなきゃ
榎本新吉
昔は石灰は石灰、泥は泥、砂は砂、ノリはノリって別個にあったのを自分で混ぜてた。材料は自分で作ってたんだよ。今、左官屋は便利な材料を使ってる。建材屋が水だけ入れればいいようにしちゃったからな。水を入れてこねるなんて、誰でもできるんだよ。だから、混ぜかたがわかんなくなっちゃった。基本、知ってなかったら、何もわからないだろ? 左官屋は材料っから作んなきゃ。ただ混ぜかたを覚えればいいってこと。
20年前に山に連れて行ってもらったら、日本には数えきれない種類の泥があることがわかったんだ。それまでは色土ってのは京都の9種類くらいだって言われてたんだけどな。茶色だけじゃなくって、赤や黄色、青なんつうのもあるよ。地域によって違うんだ。
その泥をどうやって使うか、どんなもん混ぜるか、どう混ぜ込んでいくかを自分で考えて試してみなって。材料を知るってことだよ。やれば誰でもできることなんだから。そんで仕上がりをイメージしながら鏝を選ぶ。見本を作り、鏝で塗ってみる。鏝じゃないものも、何でも試してみるといい。いろんな仕上げ材で何度も実験してみな。イメージに近づけるために何度でもやってみるってこと。
ひとつの泥だけ使ってみても、いろんな配合のしかたと仕上げがあるのがわかるよ。それがわかったら、泥と泥を組み合わせて使ってみる。なっ? そうしたら無限の可能性があるじゃねぇか。なっ? おもしれぇだろ? そう思わないかい?
要は基本を知ってこそ創意工夫が生まれるってこと。実験を繰り返すことで創意工夫が生まれる。やっているうちに、おもしろくなっちゃうよ! そうやっていけば、必ず新しい発想が生まれてくる。新しい道がひらけるってことだよ。道がひらけばどうなるかって? 達成感、満足感がある。そしたらどうなると思う? えっ? 幸せになるだろ? あっはっはっ!
最初っから大きなことをやろうと考えなくてもいいんだよ。気負わずにって。できる範囲で、自分の興味によって活動すれば。仕事から上がったあとの時間で、別にそれほど金かけずにできるだろ? 失敗したら、またやってみればいい。時間さえあれば誰でもできるよ。楽しみながらやったらいい。
わかんなきゃ、オレんとこ来な。いつでも来ていいよ。おせぇてやるよ。おせぇてやるって言っても、オレがやってみせるから、見て覚えるんだよ。
それからな、いつでも来ていいったって、何にもわからないんじゃダメだ。ひと通り経験してからだな。来たら、まず何でも質問してみろってんだよ。興味があれば、オレの作った見本見ながら、「これはどこの泥ですか? どうやって磨いたんですか?」って自然に質問が出てくるんじゃねぇかい? そしたらオレが答える。そっから対話が生まれるだろ? そうじゃないかい?